さんぽが大好き
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■ 過去を消し去る消しゴム


  豆腐屋横丁の角を曲がるとその店はありました。
  古くて小さな雑貨屋さんです。その雑貨屋さんには、おじいさ
  んが一人で住んでいました。でも、いつからそこにあるのか、
  いつ営業をしているのか誰も知りません。というのは、いつも
  扉が閉まっていて、誰もお店の中を見たことがないからです。

 

  その雑貨屋さんには不思議なものがいっぱいあるというので
  す。たとえば、底の開いたバケツ、一人で勝手に掃除をするほ
  うきや、涙をふき取ってくれるという人形、また、つらい過去
  を消し去ってくれるという消しゴムまでありました。
  でも、街の人は気味悪がって、誰一人として近づこうとしませ
  んでした。

 

  ある日のこと、突然お店の扉が開いたのです。近所の人たちは
  びっくり!!すると小さな女の子がお店の中に入っていきまし
  た。その女の子は、お母さんに怒られて泣いていたのです。大
  人達は、はらはら、どきどき心配して見守っていました。しば
  らくして女の子は楽しそうに笑って店から出てきました。

 

  大人の一人が女の子に尋ねました。
  「お嬢ちゃん、大丈夫だった?何かされなかったかい?」
  すると女の子は笑って言いました。
  「ううん。楽しかったよ。お人形さんがね、あたしの涙を拭い
  てくれたの。そしたら急に悲しくなくなったの」。
  みんなはびっくりです。でも、またいっそう気味悪がってその
  店に近づかなくなりました。大人は子供達に言いました。「あ
  の店には絶対近づいちゃだめだよ。危ないからね」。
  でも、そういわれると余計に行きたくなるのが人間の心理って
  ものですよね。

 

  ある日のこと、きれいな女の人がお店に入っていきました。
  「おじいさん、わたしの話を聞いてくれますか?」女の人は言
  いました。
  おじいさんはカウンターに座って下を向いたまま、仕事をして
  いました。
  女の人はそれでも一人で話し始めました。
  「実はね。わたし自殺を図って死にそこなっちゃたの。好きだ
  った人にうそつかれちゃって・・・」。そういって左手首の傷
  をおじいさんに見せました。
  「一度死にそこなうと、なんか余計に悲しくなっちゃって・・」。 
  女の人は黙ってしまいました。

 

  それまで黙っていたおじいさんは、急に立ちあがって店の奥か
  ら何やら出してきました。
 それは、消しゴムでした。

 

  おじさんはその消しゴムを、女の人の左手首の傷口に当て、消
  していきました。すると、どうでしょう。傷口がきれいになく
  なってしまったのです。それだけではありません。
  今まで心の中に持っていた大きな傷までなくなってしまったの
  です。

 

  そうです。この消しゴムは、つらい過去を消し去ってくれる、
  あの不思議な消しゴムだったのです。
  「お嬢さん、この消しゴムは一度しか効きません。もう二度と
  死ぬなんてことは考えないように大事に生きなさい」。そう言
  っておじいさんはまたカウンターの椅子に座って仕事を始めま
  した。

 

  次の日、また別のお客が店の中に入っていきました。25、6歳
  ぐらいの若い青年でした。
  「おじいさん、ぼくの話を聞いてくれますか?」青年は言いま
  した。
  おじいさんはカウンターに座って下を向いたまま仕事をしてい
  ました。

 

  青年はそれでも一人で話し始めました。
  「今日、お見合いをしたんです。とても可愛い女性で絶対結婚
  したかったのです。でもあまりの緊張で、失敗をしてしまいま
  した。コーヒーを飲もうとしたら、手が震えて、ついカップを
  落としてしまったんです。熱くて足にやけどをしました。で 
  も、ぼくだけならよかったのに、落としたときに彼女にもそれ
  がかかってしまって、やけどを負わせてしまったんです。もう
  何もかもおしまいなんです」。

 

  それまで下を向いていたおじいさんは、またあの例の消しゴム
  を出してきて、青年のやけどの部分を消していきました。
  すると、青年は急に明るい顔になって何もなかったように立ち
  上がりました。そればかりではありません。お店の前には、お
  見合い相手の彼女が立っていました。

 

  「お若いの、この消しゴムは一度しか効きません。人生という
  のは失敗の繰り返しじゃ。強く生きなさい」。そう言っておじ
  いさんはまたカウンターの椅子に座って仕事を始めました。

 

  不思議な消しゴムのうわさは街中に広がりました。それでもや
  はり大人たちは気味悪がって近づこうとしませんでした。

 

  ある日、街一番の欲張りな男が、その消しゴムをぜひ手に入れ
  てやろうと店に入っていきました。
  「おじいさん、ぼくの話を聞いてくれますか?」男は言いまし
  た。
  おじいさんはカウンターに座って下を向いたまま、仕事をして
  いました。

 

  男はそれでも一人で話し始めました。
  「実はぼくの会社が倒産してしまったんです。それで膨大な借
  金で毎日が大変なんです。夜眠れなくて心臓が痛いんです。ど
  うか例の消しゴムで何もかも消し去ってくれませんかね」。男
  はうそをついて消しゴムを奪おうと考えたのです。

 

  それまで下を向いていたおじいさんは、例の消しゴムを取り出
  して、男の胸に消しゴムを当てようとしたとき、男はにやりと
  笑って、「じいさん、自分でやるよ」。と言って、おじいさん
  から消しゴムを取り上げました。そして、「こうやるんだろ 
  う」。男は消しゴムを目いっぱい胸に当てこすっていきまし 
  た。

 

  すると、どうでしょう。それまでいきまいていた男が急に、ふ
  にゃふにゃふにゃと腰をかがんでしまったのです。「あれれ、
  どうしちゃったんだろう。オレなんでこんなところに
  いるんだろう。オレは誰なんだ」。急に気が弱くなったように
  倒れこんでしまったのです。

 

  そうなんです。この消しゴムは、つらいことがない人が使う 
  と、どんどん過去までさかのぼって、過去をすべて消し去って
  しまうのです。しまいには自分の存在までも。

 

  「若いの、この消しゴムは一度しか効かないんだ。また一から
  人生をやりなおせばいいさ」。そう言っておじいさんはまたカ
  ウンターの椅子に座って仕事を始めました。

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